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東京地方裁判所 平成10年(合わ)513号 判決

主文

被告人を懲役一二年及び罰金三〇〇万円に処する。

未決勾留日数中三六〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

警視庁本部で保管中の覚せい剤六八袋(平成一一年東地庁外領第四三一号符号一ないし七、九ないし一三、五四ないし六一、六三ないし一〇四)及び石川島播磨重工業株式会社船舶海洋事業本部東京第一工場構内で保管中の漁船「「○○」一隻(平成一〇年東地庁外領第六五〇五号符号一)を没収する。

被告人から金一四億〇六四七万五五四七円及び金六〇万円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、丁野三郎、甲川五郎、甲山一郎、乙川太郎、丙谷二郎らと共謀の上、

第一  営利の目的で、みだりに外国船舶と洋上取引をして入手した覚せい剤を本邦に輸入しようと企て、平成一〇年八月一二日午後四時三〇分ころ、北緯三〇度、東経一二五度三〇分の東シナ海公海上において、甲川、甲山、乙川及び丙谷が乗った漁船「○○」を(平成一〇年東地庁外領第六五〇五号符号一、以下「○○」という。)を外国船舶△△に接舷させ、その乗組員から覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩の結晶合計290.48453キログラム(平成一一年東地庁外領第四三一号符号一ないし七、九ないし一三、五四ないし六一、六三ないし一〇四はその一部の鑑定残量)を受け取って○○に積載した上、○○を本邦に向けて航行させ、同月一三日午後一一時ころ、北緯三一度、東経一二九度一二分の鹿児島県宇治群島南西方約一四海里に当たる本邦の領海内に○○を到達させて右覚せい剤を本邦の領海内に搬入し、もって、覚せい剤を本邦に輸入する予備をし、

第二  第一の犯行により入手して本邦の領海内に搬入した関税定率法上の輸入禁制品である覚せい剤290.48453キログラムを保税地域を経由しないで本邦に引き取ろうと企て、平成一〇年八月一四日、これを積載した○○を鹿児島県佐多岬沖、宮崎県沖等を経由して航行させながら、甲山が所携の携帯電話を用いて、陸送担当者との間で連絡を取り合い、搬送用の自動車の手配を依頼するなどし、右覚せい剤の陸揚げ地を不開港である高知県土佐清水市所在の土佐清水港に決定した上、同日午後九時三〇分ころ、○○を同市市場町〈番地略〉所在の土佐清水港清水漁業協同組合購売センター東側岸壁に接岸させ、甲川、甲山及び丙谷が上陸するなどし、もって、輸入禁制品である右覚せい剤を陸揚げして輸入しようとしたが、同岸壁付近で私服の警察官らが警戒に当たっていたため、その目的を遂げず、

第三  営利の目的で、みだりに、平成一〇年八月一五日ころ、高知県高岡郡窪川町興津岬沖付近海上を航行中の○○において、前記覚せい剤290.48453キログラムを○○に積載して所持し

たものである。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)省略

(補足説明)

一  本件覚せい剤の量を290.48453キログラムと認定した理由

1  本件各公訴事実は、○○に積載した覚せい剤(以下「本件覚せい剤」という。)の量を約三〇〇キログラムとしているが、裁判所は縮小して認定した。

2  ○○に乗り込んでいた共犯者らは、一致して、本件覚せい剤が一袋約二〇キログラムのもの一五袋であった旨供述しているが、一袋約二〇キログラムという部分は厳密なものではない。また、発見されて押収された覚せい剤入りの袋のうち、実際に二〇キログラムに達する覚せい剤が入っていたものは存在しない。本件覚せい剤は、袋に入ったまま海中に投げ入れられた後、早いものでも一週間以上経過してから発見されて押収され、その量も、一九キログラム台のものが三袋、一八キログラム台のものが二袋、一六キログラム台のものが一袋などと様々であり、一八キログラム台以下の袋には、覚せい剤が海水と混じって水溶液状になっているものや、空袋になっているものもある。一方、一九キログラム台の覚せい剤の入った三袋については、比較的保存状態が良く、梱包時の状態にほぼ近いものと認められる。そうすると、残りの一二袋にも、梱包時に、少なくとも、右三袋のうち覚せい剤の量が最も少ない19.334キログラムと同量の覚せい剤が入っていたと推認するのが合理的である。そこで、前記三袋の覚せい剤の合計58.47653キログラムと、19.334キログラムに一二を乗じた232.008キログラムとを合算した290.48453キログラムを本件覚せい剤の量と認定した。

二 判示第一について覚せい剤営利目的輸入予備罪が成立すると判断した理由

1 検察官は、公海上において外国船舶から覚せい剤の引渡しを受けた船舶(以下「瀬取り船」という。)が本邦に向けて航行した時点で覚せい剤営利目的輸入罪の実行の着手があり、瀬取り船が本邦の領海内に到達して覚せい剤を領海内に搬入した時点で既遂に達するという見解(いわゆる「領海説」)を主張し、これに対し、弁護人は、覚せい剤を瀬取り船から陸揚げした時点で既遂に達するという見解(いわゆる「陸揚げ説」)を主張する。

2(一) 覚せい剤取締法は、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため、必要な取締りを行うことを目的とするものであるところ(同法一条参照)、瀬取り船を仕立てて公海上で覚せい剤を受け取った上これを本邦に持ち込もうとした本件において、右危害発生の危険性は覚せい剤を陸揚げする段階で顕在化、明確化すると考えられるから、最高裁判所昭和五八年九月二九日第一小法廷判決(刑集三七巻七号一一一〇頁。以下「五八年判決」という。)の趣旨に従い、陸揚げした時点で覚せい剤営利目的輸入罪が既遂に達するものと解するのが相当である。

(二) 検察官は、五八年判決は、覚せい剤を隠匿したキャリーバッグを携帯した犯人が航空機に搭乗し、保税地域を経由して覚せい剤を本邦に持ち込もうとした事案に関するものであり、瀬取り船を用いて保税地域を経由しないで覚せい剤を本邦に持ち込もうとした本件とは事案を異にするから、本件において領海説を採っても差し支えないと主張する。

確かに、五八年判決の事案と本件のそれとを対比すると、重要な事実が異なり、したがって、五八年判決の射程は本件には及んでいない。しかし、そのことから直ちに領海説を採用することが許されるわけでもないし、また、合理的でもない。

本件のように瀬取り船を利用する場合には、犯人が瀬取り船の運行を支配しているのであるから、領海内に到達してから陸揚げする前に、危険を感じて陸揚げを控えることもあり得る(現に、本件はそのような事例である。)。これに対し、五八年判決の事案では、覚せい剤を携帯した犯人が本邦に向かう航空機に搭乗すれば、その後、ほぼ確実な流れとして、航空機が本邦の領空内に到達して本邦の空港に着陸し、覚せい剤を携帯した犯人が航空機を降りるのであるから、覚せい剤が陸揚げ(取降ろし)される蓋然性は後者の方が高いということができる。検察官の指摘する携帯電話やGPSの高性能化とその普及、船舶の高速化等の事情があっても、右蓋然性の差に変わりはない。五八年判決が、航空機による覚せい剤の持込みの事案について、陸揚げ(取降ろし)の時点で輸入罪が既遂になるとし、その前の段階、例えば本邦の空港に着陸した時点あるいは領空内に到達した時点では既遂を認めていないことからすると、いわゆる「判例の類推」により、本件においても陸揚げ説を採るべきこととなる。

(三) 検察官は、最高裁判所昭和四一年七月一三日大法廷判決(刑集二〇巻六号六五六頁。以下「四一年判決」という。)が、麻薬取締法にいう「輸入」の意義について、「麻薬が、同法による行政的取締りをすることができない地域から、その取締りをすることができる地域へ搬入されることを輸入として規整する必要がある」と判示していることを取り上げ、本件において領海説を採ることは四一年判決の趣旨にも沿うと主張する。

しかし、四一年判決は、当時「わが国の統治権が現実に行使されていない地域」であった沖縄から、麻薬を身辺に隠匿して船で鹿児島港に入港し、実際に上陸して麻薬を持ち込むに至った事案に関するものであるから、本件において領海説を採ることの根拠として適切な判例ではない。

(四) 検察官は、平成八年に、「領海法」が「領海及び接続水域に関する法律」に改正されて、領海の外に一二海里の幅で「我が国の領域における……衛生に関する法令に違反する行為の防止及び処罰のために必要な措置を執る水域として」公権力の行使を認めた接続水域が設けられたところ、同法は覚せい剤等の薬物が本邦の領海内に搬入された時点でその濫用による保健衛生上の危害発生の危険性が生じることを当然の前提としていると主張する。

しかし、接続水域において必要な措置を執る権限が我が国に付与されたからといって、そのことが薬物の輸入罪の既遂時期に直接影響を与えるものではない。

(五) 検察官の主張は、煎じ詰めれば、瀬取り船を用いた巧妙な覚せい剤の密輸入事犯に対する取締りの困難性と処罰の必要性・強化を実質的な根拠として、法定刑に無期懲役が含まれる覚せい剤営利目的輸入罪の適用範囲を広げようとするものと考えられるが、陸揚げ前の段階であっても、覚せい剤営利目的所持罪等により検挙することが可能である上、領海内に覚せい剤を搬入した行為について無期懲役刑で処罰する必要性がそれほど高いというのであれば、密輸入の態様の類型により既遂時期を変えるという法的安定性や予測可能性を害する解釈によってまかなうのではなく、立法によって解決を図るのが筋である。しかも、本件に即していえば、新たな構成要件を創設する必要はなく、一部の規定について法定刑を引き上げることで足りるのである。

3  陸揚げ説によれば、覚せい剤営利目的輸入罪の実行の着手時期は、本邦の領土内に陸揚げする行為を開始した時又はそれに密着する行為を開始して陸揚げの現実的危険性が発生した時と解される。この点、弁護人は、本邦の領海内に到達した時点で覚せい剤営利目的輸入罪の実行の着手があると主張するが、独自の見解であって、与することはできない。

判示第一に関し、仮に、共犯者らが土佐清水港において陸揚げに密着する行為を開始したという事実が訴因に掲げちれていれば、覚せい剤営利目的輸入罪の実行の着手を認めることが可能であり、だからこそ、裁判所は検察官に対し、再三、訴因変更を勧告したのであるが、検察官は、領海内に搬入するまでの事実を記載した現訴因に固執したのであり、訴因の範囲内で判断しなければならない裁判所としては、覚せい剤営利目的輸入未遂罪を認定することはできず、覚せい剤営利目的輸入予備罪を認定せざるを得ない。

三  判示第二について禁制品輸入未遂罪が成立すると判断した理由

1  弁護人は、本件において、関税法上の禁制品輸入罪の実行の着手がないから、被告人を禁制品輸入未遂罪には問えないと主張する。

2  禁制品輸入罪の実行の着手時期は、保税地域を経由しない引取りの場合、禁制品を本邦の領土内に陸揚げする行為を開始した時又はそれに密着する行為を開始して陸揚げの現実的危険性が発生した時と解される。

関係各証拠によれば、①甲山らは、平成一〇年八月一四日、本件覚せい剤を積載した○○を鹿児島県佐多岬沖、宮崎県沖等を航行させながら、所携の携帯電話で陸送担当者と連絡を取り合い、本件覚せい剤の陸揚げ予定地を当初の三重県尾鷲港から高知県土佐清水港に変更したこと、②甲山らは、同日午後九時五〇分ころ、土佐清水港にそれとは知らずに給油の目的で○○を入港させ、岸壁に接岸させたところ、上陸した甲川、甲山及び丙谷は、実はそこが土佐清水港であると知ったこと、③そのころ、陸送担当者は土佐清水港に向かって、土佐清水市付近まで来ていたこと、④甲川は、本件覚せい剤を搬送する自動車に乗り込む意思で、着替えを終えていたこと、⑤土佐清水港に接岸直後、甲山と乙川は、船尾の方が暗くて陸揚げに適していると確認していたこと、⑥甲山は、土佐清水港にある公衆電話で陸送担当者と連絡を取ったこと、⑦甲山らは、土佐清水港に私服の警察官らしい人物が多数いることに気づいて、土佐清水港で陸揚げするのを断念したことなどが認められる。

3  以上の各事実によれば、共犯者である甲山らが陸揚げに密着する行為を開始して陸揚げの現実的危険性が発生していたと認められるから、禁制品輸入未遂罪が成立するということができる。

四  被告人に共同正犯が成立すると判断した理由

1  弁護人は、被告人には本件各犯行について共同正犯ではなく幇助犯が成立するにすぎないと主張する。

2  関係証拠によれば、以下の各事実が認められる。

①被告人は、平成九年七月ころ、丁野から漁船の調達を依頼されて、知人の甲山にそのその旨依頼し、その過程で甲山を丁野に引き合わせ、丁野が○○を購入した後は、甲山から丁野に対する購入代金の催促を取り次ぎ、丁野から甲山に対する代金の一部の支払は被告人を通じて行われた。②同年九月ころ、丁野から船長や乗組員の手配を依頼された被告人が、甲山にその旨依頼したところ、甲山は、知人の乙川を誘って船長になることの承諾を取り付け、甲山自身も漁船に乗り込むこととし、これが被告人を通じて丁野に伝えられた。③その後、被告人は、丁野から甲山に対する指示、甲山から丁野に対する報告等の仲介をするなどしていたところ、平成一〇年一、二月ころ、丁野から漁船に覚せい剤を積載して密輸入する計画を打ち明けられ、「お礼はするから。」などと言われたことから、覚せい剤を密輸入することを明確に認識するとともに、相応の報酬をもらえるものと期待した。④同年七月、甲山が乗組員になるよう誘った丙谷を連れて丁野と密輸入の打合わせをした際、被告人も同席し、また、被告人を通じて丁野から甲山らに対する報酬の前渡し金が支払われるなどし、同月末ころ、被告人は、丁野から最終的な密輸入の計画の概要について説明を受けた。⑤甲川、甲山、乙川、丙谷が乗り込んだ○○が出航した後、被告人は、○○の故障、その修理、覚せい剤の積込み、陸揚げ場所の変更、海上保安庁による追尾、覚せい剤の海中への投げ入れ等航行中の事態の変化について、その都度甲山から連絡を受けて丁野に取り次ぎ、丁野から指示を仰いだ上で甲山に返答するなどし、覚せい剤の投げ入れ後は、丁野の依頼により、高知県まで赴いてその回収作業に携わった。⑥被告人は、本件の報酬として、少なくとも丁野から一〇万円を、甲山から五〇万円を数回に分けて受け取った。

3  以上のとおり、丁野は、本件各犯行の首謀者で、黒幕的存在であり、甲山は、漁船を調達するとともに船長や乗組員を確保し、○○の出航後は、船側の中心的人物として本件覚せい剤の積載、運搬を行ったところ、被告人は、丁野と甲山とを引き合わせた上、結果的に甲山を犯行に引き込んだのであり、本件各犯行において必要不可欠な役割を演じた。のみならず、被告人は、準備段階から丁野と甲山との間の仲介者として深く関与し、丁野から覚せい剤の密輸入の計画の概要を説明された後も、必ずしも積極的とはいえないにせよ、丁野と甲山との間に立って指示、要望を取り次ぎ、必要経費等の支払の仲介をするなどして、橋渡し役を務め、本件覚せい剤を海中に投げ入れた後は、その回収作業に加わり、しかも、報酬として、丁野と甲山から少なくとも六〇万円を受け取ったのであり、これらに鑑みれば、被告人が本件各犯行において共同正犯としての刑責を負うことは明らかである。

五  罪数について

弁護人は、本件において覚せい剤営利目的輸入未遂罪が成立することを前提に、覚せい剤営利目的所持罪は覚せい剤営利目的輸入未遂罪に吸収されると主張するが、判示のとおり、本件においては、覚せい剤営利目的輸入未遂罪を認定できないと判断しているのであるから、弁護人の主張は前提を欠く。また、覚せい剤営利目的輸入予備罪の法定刑が覚せい剤営利目的所持罪のそれよりも軽いことからすると、覚せい剤営利目的所持罪が覚せい剤営利目的輸入予備罪に吸収されることはないと解される。

六  追徴について

弁護人は、判示第二の覚せい剤のうち没収不能の123.375048キログラムは、海中に投棄されて、被告人らがこれを入手していないのであるから、その価格を追徴することは許されないと主張するが、被告人らは本件覚せい剤を投棄したのではなく、後日の回収を期して海中に投げ入れたものである上、この行為は関税法違反の罪の実行の着手後であるから、本件覚せい剤の価格を関税法により追徴することを妨げるものではない。

(量刑の理由)

一  本件は、被告人が、暴力団組長や配下の組員らと共謀の上、営利の目的で、公海上において、外国船舶から覚せい剤を受け取って漁船に積載し、本邦の領海内に搬入して、覚せい剤輸入の予備をし(判示第一の事実)、不開港である高知県土佐清水港において、輸入禁制品である右覚せい剤を陸揚げして輸入しようとしたが、その目的を遂げず(判示第二の事実)、営利の目的で、高知県沖において、右覚せい剤を右漁船に積載して所持した(判示第三の事実)という事案である。

二  被告人らは、専ら金儲けのために、二九〇キログラム余の大量の覚せい剤を密輸入しようとしたのであり、動機において酌むべき余地はない。

犯行の態様を見ると、あらかじめ密輸入に使う漁船を購入し、GPSを取りつけるなど性能を向上させて瀬取り船に仕立て、陸送担当者が搬送用の自動車を手配し、海外で、覚せい剤の引渡方法等について仕入先の関係者と打ち合わせ、共犯者が北朝鮮に渡航して本件覚せい剤の梱包作業に立ち会うなどの準備作業を経た上で、共犯者らが公海上で外国船舶から本件覚せい剤を受け取り、その後、我が国の沿岸を航行しつつ、陸送担当者らと携帯電話で連絡を取り合い、事態の変化に応じて陸揚げ予定地を変更するなどし、さらに、陸揚げを断念するや、後日の回収を期して本件覚せい剤にフロートを付けて海中に投げ入れたというものであり、国際的かつ組織的に行った規模の大きさ、周到な準備を経た計画性、覚せい剤の量の多さに表れた高度の営利性、覚せい剤輸入に向けられた執拗かつ強固な犯意に照らせば、その悪質さは類を見ないものである。

近時、薬物犯罪や組織的犯罪の制圧の必要性が強く叫ばれ、その取締りの強化が求められているところ、本件は、暴力団組長が中心になって計画した組織的な薬物犯罪であって、成功していれば、巨額の利益が暴力団組織に流れ込むとともに、膨大な量の覚せい剤が国内に拡散されて、保健衛生上甚大な危害が生じ、社会に深刻な影響を与えたことは想像に難くない。このような犯罪に対しては、一般予防の観点からも、厳罰をもって臨むことにより同種事案の再発を防止する必要がある。

被告人は、本件の黒幕的存在であった知人の暴力団組長丁野から、漁船の調達、船長や乗組員の手配を依頼されて安易にこれを引き受け、知人の甲山にその旨依頼するとともに、甲山を丁野に引き合わせて、結果的に本件に引き込み、丁野と甲山との間に立って、橋渡し役を務め、密輸入の打合せ、犯行時の連絡、覚せい剤の回収作業等に関与し、本件において重要かつ不可欠な役割を演じたのであって、その犯情は甚だ悪い。

被告人は、本件密輸入の計画の概要を認識した後も、相応の報酬を期待して、犯行に深く関わったのであり、確実な報酬の約束があったわけではないことを考慮しても、犯行に至る経緯に酌量の余地はない。

以上によれば、被告人の刑事責任は重大であり、厳しい非難に値する。

三  他方、本件の中心人物は丁野であり、被告人の果たした役割は、重要かつ不可欠なものであったにせよ、丁野の指示、依頼により、甲山との間の連絡役を務めていたのであって、主導的とはいえないこと、海上保安庁等の取締りが功を奏して、本件覚せい剤が陸揚げ前に発見され、我が国に拡散するという最悪の事態は避けられたこと、被告人が実際に得た利益は必ずしも多くないこと、被告人は捜査段階から事実を認めて反省の態度を示していること、二〇年近く前科がないことなど被告人にとって酌むべき事情も認められる。

四  そこで、これらの諸事情に加え、共犯者との刑の均衡をも考慮し、被告人に対しては主文掲記の刑を科するのが相当であると判断した。

(求刑 懲役一五年及び罰金五〇〇万円、覚せい剤及び船舶の没収、一五億一五五五万一九〇五円の追徴)

(裁判長裁判官・山室惠、裁判官・伊藤寿 裁判官・蛭田振一郎は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官・山室惠)

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